高額納税者公示制度

長者番付から転送)

高額納税者公示制度(こうがくのうぜいしゃこうじせいど)は、政府が数千万~数億円単位の高額納税者を公示する制度である。公示された高額納税者の名簿を一般的に高額納税者番付(こうがくのうぜいしゃばんづけ)や長者番付(ちょうじゃばんづけ)として用いられる。日本では2006年(2005年度分)から廃止された。

日本の高額納税者公示制度 編集

日本では1947年から2005年まで導入された。当初の制度の目的は「高額所得者の所得金額を公示することにより、第三者のチェックによる脱税牽制効果を狙う」ことであった。初期の頃はこの目的の効果を高める為に、情報提供者に対して報償金を脱税発見額に応じて支払う「第三者通報制度」も導入されていた。しかし、第三者通報制度は、通報の動機が怨恨や報復によるものが多いなどの指摘があって1954年に廃止された。

公示制度では収入額を公示していたが、1983年度からは納税額を公示するようになった。

「税金をたくさん払っている=納税分だけ社会に貢献している」ことを明らかにして顕彰するといった肯定的な面もある。高額納税者の名簿が公示されると、報道機関が総合または職業別に順位をつけ、その高額納税者の一年間の社会的影響力を論評するようになっている。ワイドショーなどのテレビ番組や一部週刊誌でも取り上げられることがあり、とりわけ芸能人については納税額と(公表時点での)露出度のギャップ[注釈 1]が話題となることが多かった。

日本では所得税は所得税法第233条と所得税法施行規則第106条、法人税は法人税法第152条と法人税法施行規則第68条、相続税は相続税法第49条によって定められていた。所得税の公示期間は5月16日から5月31日である。

廃止の主な理由 編集

犯罪抑止の観点 編集

高額納税者の名簿はエリアごとに分け、住所・氏名まで掲載する形で市販されており、簡単に入手可能であり、大規模な図書館などでも閲覧可能となっていた。「税金をたくさん払っている=それだけ金を持っている」というサインになるため、高額納税者の名簿に載ったことによって、団体・企業からの寄附の強要や営業攻勢、勧誘などにさらされる、などの指摘があった。名簿では片仮名で氏名が公表されているものの、特に東京都や大阪府といった都市部の住民ではプロ野球選手、大企業の社長、芸能人など容易に「著名人」であることを推測できる名前が多く見受けられた。

高額納税者の名簿とは、すなわち「億万長者のリスト」でもあるため、格好な「誘拐候補者名簿」として納税者とその親族が窃盗・誘拐などの犯罪に巻き込まれる恐れもあり、実際に神戸では資産家家族が暴力団に殺害されたり、名簿に載っている人の多くの自宅に窃盗が入っているという指摘もあり、プライバシーの観点から廃止を求める声があがっていた。

公示逃れ 編集

一方で、公示による前述のリスクを避けるために、緊急避難的にわざと公示逃れをする人もいた。これは、高額納税者の公示対象が「3月31日までに提出された申告書」に限られることから、所得税額が1,000万円を超えない所得で申告しておいて、4月1日以降に本来の税額で修正申告することで公示を逃れようとするものであった。

この方法では過少申告加算税や延滞税など余分な税金が追徴課税されるが、そのような余分な費用や手間をかけてでも「住所を公表されたくない」などの理由で利用することが多くなっていた。

しかし、マスメディアがこの公示逃れの横行を新聞に掲載したのを受けて、税務当局はそれまで自ら容認していたこの公示逃れを「脱税」と認定するようになってしまった。この税務当局の方針転換は、何が本当に問題なのか理解していないと批判された。

税務技術の普及 編集

高額納税者の公示は「個人」(自然人)の「所得税」額を基準に行われていた。よって、当該個人が法人を設立し、オーナーである法人[注釈 2]に所得を留保・移転および当該法人を用いて親族に所得を分散することにより、節税や公示逃れを「合法的に」行うことが一般化したため、個人としての高額所得者を公示する意味が形骸化していたこともある。

個人情報保護法の全面施行と制度廃止 編集

当初の目的であった「第三者のチェックによる脱税牽制効果」の意義が薄れているという指摘があることや、日本国政府による犯罪の助長になってしまっていること、2005年平成17年)4月1日から個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)が全面施行されたことを受け、この制度は2006年(2005年度分)から廃止された。

その後は、関西テレビたかじん胸いっぱい」や一部の週刊誌では、過去の納税額をもとに(推定)年収ランキングが行われているが、公的機関の所得納税額が公開されないため、公的資料を基にした年収は不明になった。なお、2009年に民主党政権が誕生し、当時の金融担当大臣亀井静香の意向で内閣府令が改正され、有価証券報告書に「年俸1億円以上を支給している企業役員」の個人名と報酬額の開示を義務づけることが2010年3月期から行われており、企業の役員報酬に限定ながらも、部分的に長者番付が復活している。

長者番付上位一覧 編集

年度1位2位3位4位5位
公示された金額は申告所得額
1954年井植歳男
三洋電機社長)
1億1381万円松下幸之助
松下電器産業社長)
9510万円農機具メーカー首脳8469万円上田清次郎
(炭鉱経営)
7546万円炭鉱経営7536万円
1955年松下幸之助1億2056万円石橋正二郎
ブリヂストン社長)
1億48万円井植歳男9661万円出光佐三
出光興産社長)
8819万円炭鉱経営7193万円
1956年松下幸之助1億8130万円井植歳男1億5283万円石橋正二郎1億2321万円金属加工業1億2003万円紡績会社首脳1億563万円
1957年松下幸之助2億2011万円炭鉱組合代表1億7667万円炭鉱経営1億4907万円炭鉱経営1億4279万円井植歳男1億3849万円
1958年松下幸之助2億3991万円藤山愛一郎
外務大臣
大日本製糖前会長)
1億3029万円石橋正二郎1億1365万円炭鉱経営1億1113万円鹿島守之助
鹿島建設会長・
参議院議員)
1億703万円
1959年松下幸之助2億5686万円出光佐三1億7855万円化粧品会社首脳1億5681万円竹中錬一
竹中工務店社長)
1億2813万円大倉喜七郎
帝国ホテル元会長・
川奈ホテル取締役)
1億1418万円
1960年石橋正二郎3億896万円松下幸之助3億548万円住友吉左衛門友成
住友家当主)
1億7749万円化粧品会社首脳1億6404万円井植歳男1億4365万円
1961年松下幸之助3億5670万円鹿島守之助2億1490万円出光佐三1億9200万円農機具メーカー首脳1億6000万円石橋幹一郎
ブリヂストン副社長)
1億5620万円
1962年松下幸之助4億4000万円紡績会社首脳親族2億4600万円農機具メーカー首脳2億4000万円鹿島守之助2億3200万円洋菓子製造会社首脳2億3100万円
1963年松下幸之助4億8434万円農機具メーカー首脳2億5441万円建設会社首脳1億9041万円井植歳男1億5974万円不動産会社首脳1億3688万円
1964年上原正吉
大正製薬社長・
参議院議員)
5億4871万円松下幸之助4億9399万円藤山愛一郎3億8461万円鹿島守之助2億8335万円石橋幹一郎2億4655万円
1965年上原正吉5億1731万円松下幸之助5億1472万円鹿島守之助4億1694万円大塚武三郎
大塚製薬社長)
3億2324万円石橋幹一郎2億6326万円
1966年上原正吉6億9259万円松下幸之助5億2678万円鹿島守之助3億3139万円大塚武三郎3億2325万円石橋幹一郎2億4042万円
1967年大塚武三郎6億1315万円松下幸之助5億4369万円鹿島守之助3億1484万円石橋幹一郎2億4736万円山下太郎
アラビア石油社長)
2億3880万円
1968年松下幸之助7億3612万円大塚武三郎6億973万円石油会社首脳親族5億3090万円上原正吉5億1167万円会社社長5億479万円
1969年ゴルフ場開発会社首脳21億8015万円会社役員16億2669万円ビル会社首脳14億8595万円ホテル会社役員10億9894万円林業10億8150万円
1970年電極会社首脳15億3639万円村山長挙
朝日新聞社社主)
12億1007万円上原正吉11億4820万円会社役員10億1040万円紡績会社首脳9億2830万円
1971年精麦・不動産会社首脳38億9094万円造園会社首脳30億9494万円化学品卸売業20億5588万円油脂会社首脳19億3492万円金融業17億2806万円
1972年不動産開発業15億8783万円土木建設業14億5048万円不動産業13億9006万円鉄工会社首脳13億6964万円無職13億3916万円
1973年材木会社首脳51億4404万円財団法人役員28億3143万円牧場会社首脳23億8222万円鉄工会社首脳23億8121万円不動産貸付業20億1055万円
1974年材木会社首脳35億299万円産婦人科医14億9325万円銀行勤務14億6544万円百貨店会社首脳9億5378万円斎藤了英
大昭和製紙元社長)
9億4924万円
1975年材木会社首脳37億6432万円運送会社首脳33億9585万円不動産業29億8081万円駐車場経営28億2939万円会社役員26億5219万円
1976年上原正吉16億9047万円着物帯製造8億6631万円松下幸之助8億4273万円中内㓛
ダイエー社長)
7億8436万円農業7億4977万円
1977年上原正吉21億2365万円ホテル会社首脳12億7532万円着物帯製造9億6002万円松下幸之助9億934万円製薬会社首脳7億6070万円
1978年不動産業22億7189万円上原正吉22億1589万円着物帯製造12億4136万円松下幸之助10億2054万円中内功8億8490万円
1979年上原正吉20億970万円たばこ小売店主16億1786万円着物帯製造14億2665万円松下幸之助11億9799万円セラミック会社元首脳10億2485万円
1980年会社役員34億493万円上原正吉19億6683万円酒造業14億1607万円着物帯製造12億602万円(記載なし)8億3460万円
1981年酒造業36億4292万円上原正吉20億3650万円農業14億8063万円会社役員13億3125万円無職11億3065万円
1982年是川銀蔵(相場師)28億9090万円会社役員22億1865万円上原正吉20億4559万円会社役員15億642万円遊技場経営11億9863万円
以後は納税額の公示
1983年製薬会社首脳55億9618万円是川銀蔵44億3665万円松下幸之助8億0961万円製薬会社元首脳7億7385万円会社役員6億4951万円
1984年松下幸之助9億3080万円ホテル会社首脳8億3102万円製薬会社元首脳8億2140万円製薬会社首脳7億5553万円運送会社首脳7億3680万円
1985年金属会社首脳12億6853万円飲料会社元首脳11億3132万円不動産会社首脳9億1591万円松下幸之助8億5709万円無職8億4000万円
1986年無職15億8389万円旅館経営15億4003万円出版社首脳11億8802万円金属会社首脳10億0252万円石橋幹一郎9億1323万円
1987年木材会社首脳21億1175万円無職15億1708万円会社首脳13億6114万円無職13億3323万円無職13億3301万円
1988年貿易会社日本代表68億5404万円会社首脳33億5794万円医師27億1573万円会社首脳22億2228万円無職20億8127万円
1989年不動産貸付32億3845万円証券会社首脳27億8041万円吉田忠雄YKK社長)23億5965万円消費者金融会社首脳23億0686万円会社首脳17億9000万円
1990年斎藤了英31億2844万円地方公務員27億7128万円不動産会社首脳25億6572万円会社首脳25億0352万円商社・ホテル会社首脳21億7943万円
1991年無職41億3145万円不動産貸付33億6783万円遊戯会社首脳29億4725万円斎藤了英15億6172万円衆議院議員15億4544万円
1992年江副浩正
リクルート前会長)
39億6177万円自動車練習所元首脳23億9080万円会社首脳10億9693万円調味料会社首脳10億6375万円参議院議員10億5638万円
1993年武井保雄
武富士社長・会長)
43億1847万円無職21億8899万円消費者金融首脳17億1644万円健康食品販売業16億3733万円無職15億4937万円
1994年タクシー会社首脳48億8745万円ゲーム会社首脳17億7220万円大迫忍
ゼンリン社長)
12億5973万円駐車場経営会社首脳11億2720万円健康食品販売業11億1573万円
1995年吉原貞敏
東京鐵鋼前名誉会長)
15億8481万円農業15億5840万円自然化粧品販売業13億6101万円紡績会社首脳8億5378万円不動産貸付業8億0269万円
1996年消費者金融会社首脳15億4599万円弁護士12億2781万円化粧品販売業10億5869万円小室哲哉10億0051万円外国語教育会社首脳9億0775万円
1997年健康食品販売業33億2432万円不動産会社幹部13億5902万円会社幹部13億0399万円小室哲哉11億7342万円遊技場経営会社首脳11億0585万円
1998年消費者金融会社首脳69億7178万円不動産会社首脳27億7604万円健康食品販売業17億7717万円外食会社首脳13億5392万円ゲーム会社首脳10億7504万円
1999年遊戯会社首脳25億3711万円藤田田
日本マクドナルド社長)
20億0490万円中古車販売会社首脳14億2555万円人材派遣会社首脳13億7640万円自然化粧品販売業12億2071万円
2000年大塚正士
(大塚製薬元社長)
41億5829万円IT会社首脳18億8611万円IT会社首脳15億6180万円有線放送会社首脳11億8130万円電子部品輸入販売会社首脳11億6618万円
2001年自販機会社首脳68億4115万円大川功CSK創業者)39億5368万円外食会社首脳縁戚33億7806万円外食会社首脳縁戚32億7696万円藤田田21億6327万円
2002年医薬品会社首脳17億0510万円健康食品販売業12億7083万円遊戯会社首脳11億2394万円住宅会社首脳10億5317万円化粧品会社首脳9億8015万円
2003年健康食品販売業11億4849万円化粧品会社首脳10億1439万円石油輸送会社首脳9億3887万円下着販売会社首脳8億8654万円医療器具販売会社元首脳8億8098万円
2004年投資会社社員36億9238万円消費者金融会社元首脳12億0152万円衣料品販売会社首脳10億8393万円健康食品販売業10億7388万円自動車部品会社元幹部10億5056万円

日本国外の高額納税者公示制度 編集

高額納税者公示制度が導入されている国は少ない。公示制度の代わりに、情報提供者に対して報奨金を支払う「第三者通報制度」を導入している国は、いくつか存在する。

日本国外ではフランスなどが、高額納税者公示制度を導入している。フランスは、報道に独特の慣習があり(実名報道を参照)、個人のプライバシーを積極的に暴露することは無い。

欧米では、民間の雑誌によってセレブリティやスポーツ選手の高額資産の推定ランキングが発表されることがある(例、世界長者番付)。ただし、あくまでこれは各メディア独自の調査と分析に基づく推定である。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ 1970年代におけるハナ肇とクレージーキャッツのメンバー、2000年代におけるとんねるず石橋貴明木梨憲武)等。
  2. ^ これも法人税を基準とした所得基準で高額所得法人は公示されるが、ほとんど注目されない。

関連書籍 編集

関連項目 編集