藤間文彦

日本の俳優

藤間 文彦(ふじま ふみひこ、1951年6月10日[1] - )は日本の元俳優、株式会社おもだか社長。本名同じ[2]

ふじま ふみひこ
藤間 文彦
本名藤間 文彦
生年月日 (1951-06-10) 1951年6月10日(72歳)
出生地日本の旗 日本東京都
職業俳優
ジャンルテレビドラマ
配偶者島村佳江
著名な家族6代目藤間勘十郎(父)
初代藤間紫(母)
2代目市川猿翁(継父)
6代目中村東蔵(叔父)
3代目藤間勘祖(姉)
藤間翔(息子)
藤間爽子(3代目藤間紫・娘)
主な作品
テレビドラマ
ガッツジュン
大岡越前 第5部
映画
怪異談 生きてゐる小平次
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父親は日本舞踊藤間流藤間勘十郎[1][2]。母親は日本舞踊家女優藤間紫[1][2]。娘は、NHK連続テレビ小説ひよっこ』でデビューした女優の藤間爽子(3代目藤間紫)[3]

東京都出身[1][2]聖ミカエル学院高等学校卒業[2]。1970年のデビュー時には立正大学国文科1年生であった[2]

人物 編集

1969年、劇団浪曼劇場の研究生となり、テレビドラマ『おんなの劇場』の一編「堀川波の鼓」で、岸恵子演じる主人公の弟・文六役でデビュー[4]

1970年ポーラ名作劇場『花嫁の父』に母親の藤間紫と共演。当時のプロフィールでは「七光りを利用します。次回作から一本立ちして、まだ母子共演したいです」と述べている[5]。同年のテレビドラマ『だまって坐れ』に、工務店の息子役でレギュラー出演[2]

1971年には、高校野球を題材にしたドラマ『ガッツジュン』の主役・沢村純を演じる[1]。野球は未経験であったため、本作の出演決定に際して野球の特訓を受けており、当時の番組紹介記事では「かなりしごかれましたが、主役としての責任感を感じます」と述べている[6]

本作終了後は、NHK銀河テレビ小説 『それでも私は行く』で主役を演じるなどテレビドラマを中心に活動したが、俳優の第一線から退いて、母の夫となった3代市川猿之助の事務所・おもだかの社長となった。

出演作品 編集

テレビドラマ 編集

映画 編集

音楽 編集

  • ガッツジュン (1971年) - 『ガッツジュン』主題歌
  • ひとりぼっちのマウンド (1971年) - 『ガッツジュン』挿入歌

脚注 編集

  1. ^ a b c d e 岩佐陽一 編 編「ガッツジュン 広報資料再録 レギュラーメンバー紹介」『シルバー仮面アイアンキングレッドバロン大全―宣弘社ヒーローの世界』双葉社、2001年8月10日、pp.184-186頁。ISBN 978-4575292626 
  2. ^ a b c d e f g 福島民報』1970年10月31日付朝刊、8面。
  3. ^ 9月2日に実質的女優デビューをする「藤間爽子」を応援してくださいますようにお願い申し上げます残間里江子のブログ 「波乱万丈、ケ・セラ・セラ」 2017年8月31日。
  4. ^ 『毎日新聞』1969年8月21日付夕刊、7面。
  5. ^ 朝日新聞』1970年6月15日付朝刊13面、テレビ欄。
  6. ^ 『福島民報』1971年3月27日付夕刊、4面。
  7. ^ 『毎日新聞』1972年7月3日付朝刊20面、テレビ欄。

外部リンク 編集