平泳ぎ

水泳の泳法の一つ

平泳ぎ(ひらおよぎ、: breaststroke)は、水泳で、左右対称に「手を胸の前で一かき」、「足を後方に一蹴り」という動作を繰り返す泳ぎ方である。

競技としての平泳ぎ
レクリエーションやリラクゼーションとしての平泳ぎ

競泳選手を中心にブレスト、ブレと呼ばれている。

俗にカエル泳ぎという言い方もあるが、手足のタイミングが異なる等、カエル泳ぎと競技の平泳ぎでは異なる部分がある。

概要 編集

平泳ぎの歴史は古く旧約聖書イザヤ書第25章には両腕を広げるように伸ばして泳ぐ記述がみられる[1]。世界最古の水泳指導書といわれるニコラス・ビィンマンの『コリュンベ(COLYNBE)』(1538年)の平泳ぎの章ではカエルの泳ぎを十分に観察するように述べている[1]。しかし、泳法の改良により現代の平泳ぎはカエルの泳法とは大きく異なるものになっている[1]

近代オリンピックでは、1896年の第1回アテネオリンピックより競泳が採用されたが、種目は「自由形」のみで当時は実質平泳ぎのみであった[2]。しかし、第1回アテネオリンピック後、息継ぎを必要としない背泳ぎで泳ぐ選手が登場して競泳界を席巻するようになった[2]。そこで1900年第2回パリオリンピックで背泳ぎを独立種目とした[2]。ところが、同時期にクロールの泳法が整えられ、自由形でクロール泳法を選ぶ選手が登場した。そこで1904年第3回セントルイスオリンピックで平泳ぎのほうを独立種目とし、以後、自由形はクロール泳法の独壇場となった[2]

一方、平泳ぎ種目ではバタフライ泳法を採用する選手が増えたため、1956年第16回メルボルンオリンピックからバタフライが独立種目となった[2]

速度と効率 編集

水泳初心者にとって大きな壁である息継ぎ動作が比較的簡単に習得でき、かつ顔を上げたままの泳法がほかの泳法よりも容易であること、また人間にとって本能的に行える最も普遍的な泳法であることなどから、競技者以外も含めると最も多く泳がれている泳法である。しかし、競技における平泳ぎは4泳法中で最も大きく加速と減速を繰り返す泳法であり、実際はクロールよりも遥かに、そしてバタフライよりもエネルギー効率が悪く、スタミナを多く使う。そのため、オープンウォータースイミングトライアスロンなどの長距離競泳競技では、最も効率の良いクロールが用いられている。効率が悪いがゆえ、4泳法の中で抵抗の減らし方等の技術が最も必要と言われている。その影響か、他の種目と比べて技術面に勝敗を左右する要素が多い傾向にあるとも言われているため、アジア人にとって体格的に不利な短距離タイム競技の競泳で、オリンピックにおいて日本人が最も多数の金メダルを獲得している種目となっている。ただし、メダルの獲得数は200m種目に偏っており、100m種目や50m種目(世界選手権)での獲得は少なく、短距離における体格差の壁は平泳ぎにおいても大きいと言える[3]

競技としての平泳ぎ 編集

抵抗を減らすための研究や、ルール変更の影響を受け、その時代ごとに主流とされる泳ぎが大きく変化している。特に、後述のバタフライ泳法の分離や、潜水泳法の禁止があった時期には世界記録が後退するということもあった。現在、泳ぐ方法は大雑把に区別してウェーブ泳法(ウェイブ泳法)とフラット泳法がある。また、キックにはウェッジキックとウィップキックがあり、プルには外掻きと内掻きがある。主流とされる泳ぎの変遷は、フォーマルブレストナチュラルブレスト⇒ウェーブ泳法⇒フラット泳法と辿ることができる。

平泳ぎから生まれたバタフライ 編集

当初、平泳ぎの泳法規定は「うつぶせで、左右の手足の動きが対称的な泳法」とだけ定められていた。ここから1935年にアメリカのJack Sieg選手が現在のバタフライのような手の掻きの新型泳法を開発し(脚の動きは平泳ぎのまま)、1936年ベルリンオリンピックで好成績を収めた。それからしばらくの間は、従来の平泳ぎと新型泳法と潜水泳法(当時は潜水の距離に制限はなかった)が入り交じる状態が続いていたものの、研究が進むにつれ“新型泳法”と従来の平泳ぎの差は大きくなり、1952年ヘルシンキオリンピックではほとんどの選手が“新型泳法”で泳いだ。そのため、国際水泳連盟は1955年にバタフライという種目を新設し、“新型泳法”は平泳ぎから独立した。現在、平泳ぎ競技でバタフライキックの動作を用いることは(スタート・ターン後のひとかきひとけり動作中の1度のドルフィンキックを除き)認められていない[4]

ルール 編集

スタート・折返し 編集

審判長の笛の合図の後、スタート台に上がる。出発合図員の「Take your marks...[5]」の号令でスタート台前方に少なくとも一方の足の指をかけスタートの姿勢を取る。スタートの姿勢を取ったあとは、出発合図まで静止しなければならない。出発合図の前にスタートの動作を起こした場合、失格となる。スタート、および折り返し後には水没状態でのひとかき・ひとけりが許されている。このひとかきの動作はヒップラインを越えて脚のところまで完全にかききってよく、このとき、最初の平泳ぎの蹴りの動作を行う前に1度だけドルフィンキックの使用が認められている(2015年FINAのルール改正により、ひとけりの動作はひとかきの動作とは無関係に行えるようになった)。スタート、折り返し後の二かき目の両腕が最も幅の広い部分で、かつ両手が内側に向かうまえまでに頭の一部が水面上に出ていなければならない。折り返し動作中は壁が手に付いた後、うつ伏せ状態で無くても良いが、足が壁から離れたときにはうつ伏せ状態で無ければならない。

泳法 編集

泳ぎのサイクルは「一度掻いて一度蹴る」であり、この順序で行う組み合わせでなければならない。両手は、スタートおよび折返し後のひとかきを除き、ヒップラインより後まで掻いてはならない。両腕両脚の動作は左右対称でなければならず、ひじを水面より上に出してはならない(ターンやゴールタッチの最後のひとかきを除く)。また、足の甲で水を蹴ってはならないが(あおり足やドルフィンキックなど)、足が水面より出ただけでは失格とはならない。スタート、折り返し後の一サイクル(一掻き一蹴り)を除き、泳ぎの各サイクルの間に必ず頭の一部が水面から出なければならない(常に出ている必要はない)。ターン・ゴールのタッチは両手同時にしなければならない。動作が左右対称であれば、手は水面の上下どちらでもいいし、同じ高さでなくてよい。ほかの種目と同様に、自分のレーンを逸脱したり、コースロープを掴んだり引っ張ったり、プールの底を歩いたり蹴ったりした場合は失格である。

折り返し前、ゴールタッチの際は足の蹴りに続かない腕のかきだけになってもよい。最後のサイクルの間に頭が水面上に出れば、タッチ前の最後の一かきの後は頭が水没してもよい。

歴代日本人金メダリスト 編集

男子 編集

女子 編集

主な平泳ぎの選手 編集

男子 編集

アメリカ合衆国
イギリス
ドイツ
東ドイツ
フランス
イタリア
オーストラリア
 ノルウェー
南アフリカ共和国
日本

女子 編集

アメリカ合衆国
オーストラリア
ロシア
 リトアニア
中国
日本

記録 編集

世界記録 編集

長水路
種目記録選手国籍樹立日大会場所
男子50m25秒95アダム・ピーティー イギリス2017年7月25日世界水泳選手権 ブダペスト
男子100m56秒88アダム・ピーティー イギリス2019年7月21日世界水泳選手権 光州
男子200m2分06秒12アントン・チュプコフ英語版 ロシア2019年7月26日世界水泳選手権 光州
女子50m29秒40リリー・キング アメリカ合衆国2017年7月30日世界水泳選手権 ブダペスト
女子100m1分04秒13リリー・キング アメリカ合衆国2017年7月25日世界水泳選手権 ブダペスト
女子200m2分19秒11リッケ・ペダーセン英語版  デンマーク2013年8月1日世界水泳選手権 バルセロナ
短水路
種目記録選手国籍樹立日大会場所
男子50m25秒25キャメロン・ファンデルバーグ 南アフリカ共和国2009年11月14日2009 FINA競泳ワールドカップ英語版 ベルリン
男子100m55秒61キャメロン・ファンデルバーグ 南アフリカ共和国2009年11月15日2009 FINA競泳ワールドカップ ベルリン
男子200m2分00秒16キリル・プリゴダ英語版 ロシア2018年12月13日2018年世界短水路選手権英語版 杭州
女子50m28秒56アリア・アトキンソン英語版 ジャマイカ2018年10月6日2018 FINA競泳ワールドカップ英語版 ブダペスト
女子100m1分02秒36ルータ・メイルティーテ  リトアニア2013年10月12日2013 FINA競泳ワールドカップ英語版 モスクワ
アリア・アトキンソン ジャマイカ2014年11月6日世界短水路選手権 ドーハ
アリア・アトキンソン ジャマイカ2016年8月26日世界短水路選手権 シャルトル
女子200m2分14秒57レベッカ・ソニ アメリカ合衆国2009年12月18日米国欧州対抗戦英語版 マンチェスター

日本記録 編集

長水路
種目記録選手所属樹立日大会場所備考
男子50m26秒94小関也朱篤ミキハウス2018年6月17日ヨーロッパGPモナコ大会 モナコ
男子100m58秒78小関也朱篤ミキハウス2018年6月17日ヨーロッパGPモナコ大会 モナコアジア記録
男子200m2分06秒67渡辺一平早稲田大学2017年1月29日第10回東京都選手権水泳競技大会 東京辰巳国際水泳場アジア記録
女子50m30秒10鈴木聡美ミキハウス2023年10月8日第37回静岡招待スプリント選手権水泳競技大会 静岡県富士水泳場
女子100m1分05秒88渡部香生子JSS立石2014年6月19日ジャパンオープン2014 (50m) 東京辰巳国際水泳場
女子200m2分19秒65金藤理絵Jaked Elite Team2016年4月9日第92回日本選手権水泳競技大会 東京辰巳国際水泳場アジア記録
短水路
種目記録選手所属樹立日大会場所備考
男子50m26秒02小関也朱篤ミキハウス2018年10月28日世界短水路代表選手選考会 東京辰巳国際水泳場
男子100m56秒11小関也朱篤ミキハウス2019年10月26日第61回日本短水路選手権 東京辰巳国際水泳場アジア記録
男子200m2分01秒30瀬戸大也ANA2017年11月19日2017 FINA競泳ワールドカップ英語版 シンガポールアジア記録
女子50m30秒06青木玲緒樹ミズノ2019年10月27日第61回日本短水路選手権 東京辰巳国際水泳場
女子100m1分04秒05寺村美穂セントラルスポーツ2016年10月25日2016 FINA競泳ワールドカップ英語版 東京辰巳国際水泳場アジア記録
女子200m2分15秒76金藤理絵Jaked Elite Team2016年10月9日2016 FINA競泳ワールドカップ ドーハアジア記録

関連項目 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c 佐竹弘靖「水と文明」『専修ネットワーク&インフォメーション』第28巻、専修大学ネットワーク情報学会、2020年3月、17-35頁、doi:10.34360/00011023ISSN 1347-1449CRID 13908536497613696002022年12月12日閲覧 
  2. ^ a b c d e 競泳(水泳)の起源と歴史|オリンピック競技の起源”. 国際オリンピック委員会. 2022年12月12日閲覧。
  3. ^ 日本人オリンピック金メダリスト
  4. ^ 水泳の歴史[リンク切れ]
  5. ^ 2017年3月まで日本では、「用意」だった

外部リンク 編集