城ヶ崎祐子

日本の女性アナウンサー

城ヶ崎 祐子(じょうがさき ゆうこ、1955年昭和30年〉2月28日 - )は、日本フリーアナウンサー。元フジテレビアナウンサー秋田県秋田市生まれ。血液型はO型。趣味、特技はバレエピアノ

じょうがさき ゆうこ
城ヶ崎 祐子
プロフィール
出身地日本の旗 日本 秋田県秋田市
生年月日 (1955-02-28) 1955年2月28日(69歳)
血液型O型
最終学歴東京外国語大学外国語学部英米語学科
所属事務所フォニックス
職歴フジテレビアナウンサー
活動期間1977年 -
ジャンル報道・情報・バラエティ
出演番組・活動
出演経歴FNNスーパータイム
FNNモーニングコール
FNNスピーク
マーケティング天国』など
備考
入社から1981年3月までは報道局解説放送室付リポーターで、契約社員扱い。

来歴・人物 編集

東京都立西高等学校東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業[1]。大学生時代はラグビー部のマネジャーだった(本人曰く「実質雑用係」)[1]、大学卒業後、1977年フジテレビに報道局解説放送室付のリポーター契約社員扱い)として入社[2]。同期は益田由美桜井郁子1981年4月1日に編成局アナウンス部へ異動、正社員アナウンサーに昇格。フジテレビの先輩である田丸美寿々も同じ東京外国語大学外国語学部英米語学科出身である。

フジテレビ時代はニュースキャスターとして常に冷静な語り口が売りだった。一方バラエティ番組ではニュース同様の冷静な語り口で毒舌を吐くキャラが受け、『FNS1億2000万人のクイズ王決定戦』では先輩アナの逸見政孝との掛け合いなどが人気を集めたほか、『アインシュタイン』では後輩アナの松尾紀子とのコンビでカルト的な人気を得た。

1983年4月から1985年3月までと1993年4月から1996年3月までの計5年間ニューヨーク支社特派員となる[3]。2度目のニューヨーク勤務から帰国した後は広報局に異動し、『るろうに剣心』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』などアニメーション番組の広報を担当。1997年にフジテレビを退社。

フリー転向後は、NHK総合テレビで不定期に放送される星座に関するミニ番組「世界・星紀行」のナレーターや、保険会社メットライフ生命保険のCM出演などで活躍中。また、OGとして古巣フジテレビのアナウンススクール(アナトレ)講師も務めている。なお、遅くとも2014年秋頃まで共同テレビジョンに在籍してきたが、同社がタレントマネジメント事業を廃止したため、関連会社でもあるフォニックスに移籍した。

フジテレビ時代の担当番組 編集

期間番組名役職
1978年10月1980年3月3時のあなたサブ司会
FNNテレビ土曜・日曜夕刊キャスター
1980年4月1983年3月FNNニュースレポート6:00レポーター
1983年4月1985年3月FNNモーニングワイド ニュース&スポーツ『おはようニューヨーク』担当キャスター
1985年4月1987年9月FNNスーパータイム週末メインキャスター
1987年10月1988年3月FNNモーニングコールアシスタントキャスター
1988年4月1990年3月マーケティング天国MC
1988年12月FNNスピーク金曜日メインキャスター
1989年1月1989年3月10日全曜日メインキャスター
1989年3月13日1992年3月月~木曜日メインキャスター
1990年10月1991年9月アインシュタインMC
1993年4月11日FNS1億2,000万人のクイズ王決定戦!司会
1992年4月1993年3月FNNスピーク月~水曜日メインキャスター
1993年4月1996年3月FNNスーパータイム平日版コーナー『FCIワールド』担当キャスター

フリー転向後の出演番組 編集

エピソード 編集

  • FNNスーパータイム』を後輩の山中秀樹(現:フリーアナウンサー)と共に担当していた頃、山中が実年齢よりもはるかに老けて見えていたため、視聴者から「年上の男性に生意気な口をたたく小娘」「(城ヶ崎は)アナウンサーのくせに上司に対しての礼儀も知らないのか!」とよく誤解されていたという。

脚注 編集

  1. ^ a b 河北新報 1983年4月16日 朝刊 24面「登場」
  2. ^ 当時 同社で会長を務めていた鹿内信隆の方針により、正社員のアナウンサーは男子しか採用していなかったため。
  3. ^ FCIモーニングEYE アメリカ合衆国時間2012年10月4日放送分 アーカイブ 2011年7月24日 - ウェイバックマシン Fujisankei Communications International, Inc.

外部リンク 編集